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来る春

 学校の図書室から見える桜が春風で揺れる。春休みに解放されている図書室はがらがらだった。  

 私は隅の、少し日の当たる席に座り、本を開く。といっても、本を読む気なんて初めからなくて、ちらちらと時計ばかりを見た。

 もうすぐ、彼が来る、気がする。中学生最後の春休みに、大好きな場所で彼に会う。我ながら、なんて素敵な妄想だろうと思った。  

 時計の針が少しずつ動く。ぱたぱたと、廊下から足音がする。  

 ……彼かもしれない。  

 こちらに足音が段々と近付くのと同時に、胸が高鳴った。  

 ガラリと図書室の扉が開く。来たのは彼だった。

「あれ、来てたんだ」

と、彼は私を見て言った。

「……少し読んでおきたい本があって」

「あ、そう。俺は、図書委員の頃の癖でつい。 ほら、受付の割り当てが今日の曜日でさ」

と、昨年の割り当て表を指して、笑った。  

 読んでおきたい本がある。なんていうのは、嘘だ。本当は、君が来ると思ったから。そう、はっきり言えない自分が恨めしい。 「そうなの。……馬鹿だね」 と、私はくすりと笑ってやった。  

 すると、彼は拗ねたような顔をして、

「ば、馬鹿ってなんだよ」

「癖でつい、だなんて。馬鹿よ。誰が好き好んで、卒業後に学校の図書室に来るのかしら」

「それならお前だってそうだろ」

「あ、そうだった」  

 わざとらしく私がそういうと、彼は少し勝ち誇ったような表情をみせて笑った。それに私も釣られて今度は二人で笑った。  

 少し開けられている窓から、桜の花びらが舞い込んできた。それから、花びらはゆっくりと私の手元の本に着地した。  

 嗚呼春だ。待ちに待ってた春。けれども別れの春。きっと、彼とは今日限りで顔を合わせることもなくなるんだろうなと思った。すると、やっぱり悪態をついたままにして終わらせるのもいけない気がして、

「ねぇ、もし、私が君に会いに来たんだって言ったらどうする?」 と言った。好きという言葉をどうしても素直には言えなくて、恥ずかしくて揺れるカーテンに目を移した。  

 それを聞いた彼は目を見開いて、それから────

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